「お弁当温めますか」の返し方

料理のできない一人暮らしなので、ご多分に漏れずコンビニのお世話になっている。
が、「お弁当温めますか」と聞かれたときに、うまく返せないのが長年の悩みになっている。


なにがうまくないかというと、元々滑舌が悪い上に、疲れて帰る途中なのでモゴモゴ喋ってしまい、相手に返事が伝わりにくい。
最初は簡潔に

「お弁当温めますか」
「いえ」

と答えていたのだが、これだとどうも店員さんがキョトンとする。逡巡しつつもそのまま袋に入れてくれる慣れた店員さんが多いが、迷うことなくレンジに放り込まれてしまったことも一、二度あった。
さすがにおかしいぞと思って理由を考え、ひとつの仮説にたどり着いた。それは、口をはっきり開けずに喋っているために先頭の母音が弱められ、

「お弁当温めますか」
「えぇ」

に聞こえるのではないか、というものだ。
そこで一計を案じて、母音が消えても全体の意図が伝わるような言い回しを考案した。それがこれだ。

「いや、そのままで」

これなら、最初の方の音が落ちても

「あ、そのままで」

に聞こえるから、温めなくてよい、という意思は読み取ってもらえるだろう、というわけだ。このようにデータの一部が欠落しても内容が復元できるようにする仕組みのことを、情報処理の用語では「エラー訂正」という。
馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、これはなかなかうまくいった。店員さんがそれほどキョトンとしなくなり、誤ってチンされてしまうこともなくなった。
……ただ、これをしばらく使っていて、ずっと心に引っかかっていることがあった。赤の他人である店員さんに「いや、」という出だしで答えると、なんか横柄というか、若干えらそーに聞こえる。
それで最近、微調整して

「いえ、そのままで」

というフレーズに変えてみたのだが、途端に店員さんがキョトンと、というか、ポカンとするようになった。違う店で違う人に言っても、いわゆる「鳩が豆鉄砲を喰らったような」反応が返ってくる。今日も帰りにコンビニで夕飯を買ったんだけど、やはり店員さんの目には「あ? お前何言ってるんだ?」という苛立ちが映っていた。
もしかして、やっぱりなんか聞き取りづらくて「いえ、そのままで結構です」くらいまで言わないとダメなのかも。でも、「いや、そのままで」は大丈夫だったのだから、問題は語尾ではないはずだ。ビニール袋を片手にそんなことを考えながら夜道を歩いていて、ふいに気付いた。
もしかして、もしかして。僕は確かに「いえ、そのままで」と言っているつもりだけど、店員さんにはこう聞こえているのではないか?

「お弁当温めますか」
「Yes! そのままで!!」

腑に落ちた。それなら確かに、僕だって「どっちだよ!!!」とツッコミたくなる。